突然後ろから何かがぶつかって来た。
視線を軽く後ろへ向け、それが誰だかを認識すると・・・小さくため息をつく。

「おい・・・」

「・・・」

声をかけても返事がない。
それは八戒達の家に突然現れた・・・俺とは違う世界に住んでいるという女。
手に持っていた巻物を簡単に巻いて机に置いて腕を組む。
普段は言いたい放題、やりたい放題のコイツがこんな風に人と接触したがる時は・・・大抵何かがあった時。
それが此方の世界で起きた事ならばあいつ等がどうにかしているだろうが、大抵は俺達の見えない場所で起きている事に対してへこんでいる時だ。

「どうした。」

無駄とは思いながらも一応声をかけてみる・・・が、案の定の声は聞こえない。
ったく、面倒クセェヤツと知り合ったもんだ。
聞こえないよう小さく舌打ちすると、を腰に巻きつかせたまま部屋の隅にあるベッドへ向かう。
歩く、と言うよりも引き摺られているような音と共にがついてきているのを確認し、ベッドを指さした。

「いつまでもくっついてんじゃねぇ・・・座れ。」

「・・・」

「・・・顔が見えねぇだろうが。」

別に顔が見たいわけじゃないが、背中に抱きついてる人間をどうする事も出来ない。
後ろを振り返りながら肩越しにを見れば、小さく首を振っている。
顔を見せたくない、と・・・そう言うわけか。





最初に会った時は・・・ただの女だった。

あいつ等からコイツの事情を聞き、それでも手元に置くと言うあいつ等の馬鹿さ加減に呆れながらも悟空を預けに出向くたびに・・・コイツがいた。
そして何時からかコイツが来たという知らせを受けると、そこへ足を向けようとする自分がいた。
馬鹿馬鹿しい思いだ。
たかがひとりの人間がやってきた事で、何故自分が動かなきゃならん。
そう心が思っていても、自然と足はあいつ等の家へ赴く。
そして・・・扉を開ければ、笑顔で俺を出迎えるがいる。










「ったく、手間かけさせんじゃねぇよ。」

体を反転させて、驚いているの手を一気に外しそのままベッドへ座らせる。
立ち上がろうとする肩をそのまま押さえ、じっと顔を見つめる。

「・・・そばにいてやるから動くな。」

今にも泣き出しそうな顔をしていたの瞳から、涙が零れた。





人の泣き顔なんざ醜悪だと思う事の方が多かった。

自分の意見が通らなくて泣くガキ

くだらない事で逆切れして泣く、女

自分のミスも拭えず、周囲の人間に迷惑をかける、男

そして、別れを悲しんで泣く・・・人間


寺にいれば泣き顔を見ない日は一度もない。
そんな中、どうしててめぇの泣き顔は・・・違って見えるんだろうな。










さんぞ・・・

「何だ。」

「・・・」

無言で伸ばされた両手を掴んでそのまま俺の首に回させる。
それに驚いたのか一瞬の体が硬直したが、気づかない振りをして俺はの背に腕を回ししっかり抱きしめた。

「しっかり抱きついとかねぇと・・・顔、見えるぞ。」

耳元でそう呟けば、遠慮がちに回されていた手が俺を抱きしめるかのようにしっかり首に回された。
こんな風に、お前から手を伸ばせば・・・何時だってその手を取ってやるのに。





コイツときたら、普段はデカイ口をたたくわ、騒がしいわ、悟空と一緒になって騒ぐわ・・・ただ煩いだけの女だ。
何かやってもすぐに馬鹿どもがフォローに入る。
ハリセンを振り下ろせば反省するが5分と持たない。

そんな女が時折、薄いガラス板のように脆い表情とともに現れる。
あいつ等がそれを知らないはずはない。
だが、コイツは時折俺の前にそんな顔で現れ・・・手を伸ばす。
その手を掴んで抱きしめてやれば、薄いガラスはあっと言う間に破れて・・・せき切ったように涙を流し始める。

俺の嫌いな泣き顔、のはずが・・・どうしてこんなに綺麗に見えるのか。





「・・・とっとと泣け。」

泣くだけ泣いて・・・また笑え。
てめぇが泣いてるとこっちの胸まで無駄に苦しくなる。
必死で声を殺して、すすり泣きさえもしない。
声を上げて泣けば、煩いと言ってハリセンを振り下ろす事も、怒鳴りつける事も出来る。
だが、こんな風に苦しげに泣くやつを・・・放り出す事は、出来ない。
だからこうして抱きしめてやる。
今まで受け入れた事のないほど近い距離で。



お前の周りに何もないくらい、キツク抱いてやる。
そばに、何も寄せ付けないくらい。
を泣かせる物が何も入って来れないくらい・・・。





最近、ふと考える。
こんな風に女を抱きしめている今の俺をお師匠様が見たら・・・どう思うのか。
・・・呆れるか、それとも何か言うのか。
いや、あの人はきっといつもと同じ穏やかな笑みで・・・こんな風にを抱きしめてる俺を見るに違いない。
何も言わず、温かく見守っているに・・・違いない。

そんな思いを抱くようになったのは、最近だ。
てめぇが俺の前に現れて、こんな風に泣き出してからだ。
それまではただの・・・住んでいる世界が違う女だった。



それが・・・こんなにも俺の中に入り込んでいる。










・・・」

「さんぞぉー・・・」




俺が名前を呼べば、それに応えるようにお前が俺の名前を呼ぶ。
泣きながら俺の名前を呼ぶ声が・・・胸に響く。
お前が手を伸ばせば、何処にいても俺がその手を掴んでやる。
例え、住む世界が違おうと・・・その手を俺は、離さない。




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